N先生のこと

追憶ついでにもう一つ。

小学校の音楽の先生、N先生のこと。


N先生は私が小学校6年間音楽の授業を担当してくれた先生で、女性で、小柄で、髪が短く、目立たないのに話すとやたら滑舌のいい人だった。

かといって声を荒げるようなことはしないので、高学年ともなるとクラスの大半の男子は言うことを聞かず、音楽室は夏エアコンがかかって涼しいので授業には出る、そして備品のアコーディオンとか勝手に持ち出して吹き始める、というカオスな状態の中、毅然としたピアノの伴奏でいろんな歌を教えてくれた。


その歌が、後年、中高大社会人になってから周りに聞いても、「小学校の音楽でそんな歌習ってない」って言われる歌ばかりで、

例えば沖縄民謡「てぃーちでぃーる」「あんぱるぬゆんた」

ウェーバーの歌劇より「狩人の合唱」

ドイツ民謡「小鳥の結婚式」

アイヌの民話「オキクルミと悪魔」の挿入歌

「荒熊親分の歌」「家の右座の」

これもどこかの国のお話「森は生きている」の挿入歌「十二月の歌」「指輪の呪文の歌」

出所もわからない「ちびすけうさぎのカルロスロサーノ」「ホップステップジャンプくんの歌」

とかとか、挙げればキリがないほどでした。


公立小学校の教員にここまでの裁量があるのか今もって謎ですが、とにかくN先生の趣味と感性で築かれた一大カリキュラム。


それを、模造紙に並んだ先生の手書きの歌詞を見ながらピアノの伴奏に合わせて歌って覚えるわけで、おかげで私は楽譜の類は一切読めないけど、歌うことが大好きになった。


知らぬ間に各国の音楽家の曲や民謡を習っていたので、後にオーストリアはウィーンに縁ができた時も、シューベルトやらスメタナやらのメロディがそこで繋がって、なんというか、伏線の回収というか、これだったのか感に一人で興奮した。


卒業式の歌のチョイスもN先生らしく、「飛べよ鳩よ」とベートーベン作曲の「春の歌」だった。

ネットで調べたら「五月の歌」という訳が一般的なようですが、

世界は光に満ちて日は輝き川歌う

ではじまる歌です。

蛍の光も、仰げば尊しも中学校で初めて知った)

私はこの春の歌が好きで、いまだに春分を過ぎる頃から口ずさんでしまう。



思うに人に何かを教えようと思ったら、自分が好きなことを教えるのが一番手っ取り早いし効率もいいのかもしれない。

教える方が楽しそうにしてれば、教わる方はその「楽しさ」の尻尾を掴みたくて自然と足を踏み入れていくから。

N先生は楽しそうだった。



今日も私に幸あれ。